大化の改新(645年)から平城遷都(710年)にかけ、天皇や豪族による造仏が全国で盛んとなった時期を、美術史では“白鳳期”と呼び、若々しくおおらかな作風の仏像が数多く誕生しました。その中でも白眉とされる「国宝 銅造仏頭」は、過酷な運命によって頭部だけの姿となってもなお凛々しく、飛鳥時代の美を今に伝え続けています。
2014年春に販売を終了した「TanaCOCORO[掌] 仏頭」の復活を望む多くのお客様の声にお応えし、5年ぶりに再生産いたします。

収奪と火災、そして忘却――仏頭の歩んできた苦難の道

1937(昭和十二)年10月30日、解体修理中の奈良の寺の堂内から突如発見された大きな仏像の頭部。調査の結果、それは飛鳥時代の氏族 蘇我倉山田石川麻呂が建立した山田寺(奈良県/廃寺)の本尊、薬師如来像のものと判明したのです。

685(天武天皇十四)年に開眼供養されたこの薬師如来像は1187(文治三)年、収奪の憂き目に遭い、治承の乱で本尊を焼失した南都の寺に安置されることとなりました。しかし二度にわたる火災の被害を受け、1411(応永十八)年には鍍金も白毫も失った頭部のみを残す痛ましい姿となります。

1415(応永二十二)年に新たな薬師像が完成すると、その台座に“仏頭”は納められ、その後昭和になって発見されるまで実に500年以上もの間、忘れ去られてしまうのです。

未来を見据える白鳳の貴公子、頭部しかない唯一の国宝像

理知的な雰囲気と青年のような若々しさを持つこの像は「白鳳の貴公子」とも称される、飛鳥時代後期を代表する美仏です。
明瞭なラインを描く切れ長の瞳は遠くを見据え、直線的な高い眉に感じる強い意志。口の両端は窪みが強調され、わずかな笑みを浮かべているようです。
造像当時とはかけ離れた姿となっても気高い美しさは失われず、それどころかより一層輝きを増し、今なお私たちを魅了するのです。

国宝 仏頭
 その魅力 

TanaCOCORO[掌] 仏頭
未来を見据えるような印象的な瞳は、上瞼が目頭を覆う蒙古ひだまで忠実に再現。左目上 の補修跡は敢えて再現していません。
TanaCOCORO[掌] 仏頭
1411年の大火の際に、梁などの落下物が当たったとおぼしきへこみ。耳たぶも大きく欠損しています。
TanaCOCORO[掌] 仏頭
内面のざらざらとした空洞がうかがえる大きく破損した後頭部。螺髪は当初から作られていなかったようです。
TanaCOCORO[掌] 仏頭
失われた体躯は坐像であったと考えられています。どのような全体像が想像できるでしょうか。
TanaCOCORO[掌] 仏頭
火災で鍍金がはがれ、むきだした表面のざらざらした質感や細かな傷まで再現し、像が背負ってきた重い歴史を表現。
TanaCOCORO[掌] 仏頭
復刻にあたり、透明樹脂の四角錘台座を採用。仏頭の美しさをより引き立たせます。 ※台座部分に生じた気泡などは不具合ではございません。
TanaCOCORO[掌] 仏頭

TanaCOCORO[掌]
ぶっとう

仏頭

25,300円(税込)

限定200体復刻生産
好評販売中!

素材:ポリストーン/樹脂(台座)
サイズ:(約)163(H)×90(W)×98(D)mm 500g
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